2012/02/04(Sat)
_ 振り返りつづき・・・㉖退院してから
① 流産後の生活
② ベビ待ちスタートライン
③ ベビ待ち中
④ 妊娠判明!
⑤ 緊急入院
⑥ 心拍確認
⑦ 飛行機移動
⑧ 諸々手続き
⑨ 子宮頚管無力症
⑩ 子宮頚管縫縮手術
⑪ 術後、安定期
⑫ 安産祈願
⑬ 夏休み!<静太のバースデー>
⑭ 夏休み!<静太のバースデー2>
⑮ 夏休み!<静岡へバスツアー>
⑯ 夏休み!<その他>
⑰ お兄ちゃんへの成長過程
⑱妊娠8カ月・ハンドメイド
⑲お出掛け三昧
⑳妊娠9カ月
㉑妊娠10カ月・抜糸
㉒臨月のお出かけ
㉓正産期
㉔出産1
㉕出産2
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11月18日に出産して、22日に無事、次男くんと退院!
静岡くんが来るまでまだ日数があったので
私が市役所で諸々の手続きをすることにした。
(親に頼もうと思ったら、出生届は必ず両親どちらかがしないといけないとあった)
退院したその足で父に送ってもらい次男くんのお守を頼んで
◆出生届 ◆子供手当て の手続きを完了し、ついでに
健康保険が届いてからの ◆医療費補助申請書 ほか◆市の子育て支援申請書類をもらって・・・
を一通り行った。
その11月22日とは・・・ 夫婦の日
だから、入籍届けをする人が多くて市役所は激混み!
そして帰宅すると、
「入院から帰ってきたら、いっぱい一緒に遊べるからね」
となだめていた静太の甘え&タックルの洗礼を受け、退院早々へとへとに・・・。
さらに翌23日は、前々から
「この日が終わったらいつ出産してもいい」
と思っていた幼稚園の作品発表会。
思いがけず、産後に行けることになって、
1日でも遅かったら行けなかったからホント次男くんは親孝行な子だ~
・・・ が、前日の無理がたたったのか、ほとんど治まっていた子宮収縮の痛み(後陣痛)
が激痛になって翌朝に再開。
お腹を抱えてうずくまり、しばらく立てないほどだった。
「おじいちゃんと先に行ってて・・・」
と言う私に、静太は半泣きになって
「ヤダ! ママと行く!! ママを待ってる!!」
と訴えた。
この日はママが幼稚園に来てくれると、前から楽しみにしてたんだもんね~・・・
痛みが引くのを待って、次男くんは両親に任せて出発した。
大喜びで各教室をつぎつぎとハイスピードで案内してくれた静太。(写真は先生と)
痛みは大分引いてゆっくり歩いていた私に、先生や他のママさん達には
「もう歩いて大丈夫なの?」 「昨日退院したばかり? 信じられない!」
と言われ、 「あれ、そういうものだったんだっけ・・・」 とちょっと驚いた。
※ 床上げは、3週間が目安!
でも、先生方ほか、ほとんど話したこともないママさん達からも
「産まれたのー、おめでとう~ 」 「あれっお腹・・・え~ おめでとうございます~」
なんて笑顔で話しかけられて晴々とした嬉しい日だった。
既に男の子が生まれたと知っていたママ達の話では、
幼稚園で静太が誰よりも早く
「赤ちゃん、もう産まれた! 男の子だよ」
「幼稚園から帰ったら、今日はママがいる (退院してきてる)」
とペラペラと話していて、子供を通じてママさん達に伝わっていたとのこと。
いい話だから、まあ良かったけどね・・・。 おしゃべり静太。
とにかく、それからは無理はしないようにしとこ・・・ と数日間は一歩も外に出かけず、
次男くんの授乳ペースが落ち着くよう努めることにした。
そうして・・・
静太がいるからどうしても「次男くんに専念して、次男くんが寝たら一緒に寝て少しでも疲労回復」
というのは難しかったものの
静岡君との予定通りな再会も果たせ(⇒)、
(がんばったプレゼントをもらい(⇒))
また静岡君はドイツに戻り・・・
今はゆっくりしたペースで春
(静太の幼稚園が一区切りしたら、長い実家滞在を終えて渡独し家族4人の生活スタート!)
が来るのを待っている。
左:生まれたての次男くん
(まだ目が開いてなくて頭は後頭部にかけて少し細い。
狭い産道を通ってくるから。ついでに、眉毛がない。)
と、今、これを書いているときの生後2カ月の次男くん。
座らせて支えている。
2カ月経って目が小さくなった訳ではなく、
顔全体に肉がついて「目鼻口」の占める割合が小さくなっている。
今後もきっと楽しい生活になりますように。
これからも「わきゆき」を宜しくお願いしまーす!
長い振り返り話、おしまい
2012/02/03(Fri)
_ 振り返りつづき・・・㉕出産2
注)細かく書いちゃってるので長いです
・・・朝7時過ぎ父に産院まで送ってもらい、
着替えて内診後は陣痛室で過ごしていた。
そこで横になりながらウトウトしたり、
グーッ!!と来るお腹の張りで目覚めたりを繰り返して、そのときで10時半くらい。
私を担当してくれていた 明るくテキパキした助産師さん、名札を見てもしかして? と思い
「結婚してますか?」 「!? ハイ、してます」
「旧姓はなんですか?」 「アサイです。」
「・・・違った~、昔の友達かと思った!!」
「ウフフ、私はここ 地元じゃないんで、なかなか昔の友達に会えないんですよ~。」
なんて談笑してた。まだ余裕だったみたい。
隣の陣痛室にはどうやら前日から陣痛に悩まされてる人がいて、 無痛分娩だったらしく
「痛い? そろそろ麻酔を打ちましょうか~」
なんて軽く声かけられてたから、
「私も痛みが強くなったら、麻酔を打ってもらえますか?」
と、そのアサイさんに試しに聞いてみたら
「え?あなたはもう間に合わないですよ。 午前中になるでしょ。」
とアッサリ! 午前中ってもうすぐ終わりなんだけど・・。
このままの腹痛だったら、大丈夫じゃない!?
次男くん、うまく頭を下に持ってきて生まれてくるんだよ~・・・
…と、また寝てたけど、
11時前に突然の激痛!
驚きと共にバッチリ起こされた。
思っていたより・・・ 痛ぁー!!!
波が急に大きくなって、どうにもならず
壁を両手で押さえて横になりながら踏ん張っていた。
お腹の中、腰まわり全体とやり場のない痛み・・・!
「ヒー!ヒー!フー!!」
と必死に呼吸を整えないと痛みで過呼吸になりそうだった。
後で聞くと、このとき破水して本格的に陣痛が始まったのだろうとのこと。
「どんなに痛くても1回1分も続かない! 次男くんが頑張ってる痛みだ、
ママは大丈夫だよーー!!」
と自分に言い聞かせた!けど、痛すぎて
「痛いけどまだこの痛みじゃイキめない! もっと痛くなるの?
無痛にすれば良かった~~・・・!!!」
との思いも。
助産師のアサイさん
が入ってきて私の陣痛が本格的になったと気づくと、
「あれ? 陣痛来たね!! すぐ移動しよう!」
慌てた様子で隣の分娩室に通された。
慌てるほど、進みが早いのだろうか・・・ 早く終わってー!
このとき、分娩室の時計を見ると11時すぎだった。
「(痛みの合間に) ハアハア・・・ 今から麻酔、ムリ??・・・ ゼイゼイ」
「あはは、無理無理。 もう子宮口8,9cmは開いてるから。
グッと手でしたら10cm開けそうだけど辞めておくね。」
と、テキパキ何やら用意しながら優しい笑顔のアサイさん。
手先がしびれてることを伝えると、一緒に息継ぎのリズムを取ってくれた。
「そうそう、上手。 フーーーッ、 フーーーッ フーーーッ。
そうそう。 もうすぐ赤ちゃんに会えるからね~。 もうすぐだよ~。」
もうすぐ会える・・・
そう言ってもらえて、 また涙が溢れてきて、陣痛中だと言うのに
「ううううぅぅぅ~」 と泣きだしてしまった。
アサイさんは、私が痛くて泣いてると思ったかもしれない。
そして徐々に子宮口が開いて、踏ん張って産む!(=イキむ)という段階に入った。
静太のときは力の入れ方がよく分からなかったけど、
そこは2回目なので
「今の陣痛はイキむには弱い」
(←でもすっごい痛い!!!)
「痛みは遠のいたけど、このまま行けーーーー!!!」
みたいにタイミングと呼吸法の要領を得ていた。
「ヒー、ヒー、フー」 ではなくて、 痛みのピークでイキみながら
「フー―――――ッ」
とにかく呼吸を長く吐くという
今回の指示。
痛みが強いので「息を吐く」というより 「フーッと言い続ける」
になっていて、
最後の何回かは
「フー―――――ウウウウウ アアア アアア!!!!」
と絶叫しつづけていた。
隣の陣痛室にいた、1日以上苦しんでいた人には丸聞こえで怖かったことだろう・・・
(後で仲良くなってから聞いたら、陣痛室に籠っている間、
私を入れて5人も見送って彼女・付き添いの旦那さん共にへろへろになるほど長かったと。)
彼女によると、
別のママ達もみんな 「痛ーーーーーーいいいいィィイイ!!!」とか大絶叫だったみたい。
他にも
「目ん玉が飛び出るかと思った」
と振り返っていた人がいて「分かる!」と笑えた。
私も助産師さんからのアドバイスで的確だったのは、
「目を閉じないで、見開いて足の間を見なさい!
口を閉じないで、歯を食いしばりなさい!」
ということだった。
一生のうち、そうないくらいに渾身の力を込めて目をクワッと見開いてギュギュギュと歯を食いしばった顔・・・
もし静太が立ち会いしてて
「ママ、がんばって!」なんて言われて、
そんな鬼の形相のまま静太をギョロッと見たら、
「キャー!」と怖くて泣きだしてしまったことだろう。
あの形相と叫びだったら、砂漠でライオンと対峙しても勝てるんじゃないかなあ。
・・・助産師さんと、いつの間にか来た先生の3人で、
「(力の入れ方が)上手上手!」 「もうすぐだよ~」 「もう赤ちゃんの髪の毛が見えてるよ!」
と、さかんに励ましてくれていた。
痛みの合間は、
「早く出したい・・・・」「もうすぐ?」「もうすぐってあとどのくらい?」
「点滴だいじょうぶ?」 「(機械の音)今の、何の音?」
と泣きそうになりながら聞いていてまぁうるさかったと思う。
直前にはもう言葉も出ず、グッタリと屍のよう。
でも、すぐ痛みがやってきて、
「あ、(痛みが)来た・・・さぁガンバレ、もうすぐ次男くんに会えるんだから」
と踏ん張っていた。
何回目かの絶叫中、助産師のアサイさんが何か叫んでいた。
もう一人が急いで近くに来て私の耳に
「もうイキまないでいいよ! ちゃんと見て!! 」
と伝えて上半身を少し起こしてくれた。
すると、、
お股の間からヌ~ッと、
2人の助産師さんに抱えられた赤ちゃんがご登場!
「あぁ、大きい子だ! おめでとう!」などと助産師さん。
私は 「あーっ ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます~~・・・・」
とまた涙が溢れて来て、何度も何度も繰り返していた。
気づけば時間はあっという間に経っていて、
分娩室で40分ほど頑張っての出産だった。
先生が、「そんな眉間に皺寄せないで、ニッコリ笑えばいいんだよ」
と言ってくれた。
38週1日と予定日より2週間早めだったけど、3,108gと今では大きめと言える重さ。
へその緒などの処置や検査をされている間、
ピンクがかったキレイな肌色で、すでにプックリ肉付きの良い赤ちゃんの大きさに
「こんな大きな子が入ってたんだ~」
と驚いて見つめてた。
きれいになった赤ちゃんのカンガルーケア。
胸の上で 「きゅ~、グフグフッ、むきゅ~・・・」
とまるで小動物のように何か言っている姿に
「かわいい♪」と母性本能全開。
そのとき、「このまま入院になるから、とりあえず帰っていいよ」
と言われた帰宅していた父は、
その後音沙汰ないけど、どうなってるのか?
と病院に電話してきたらしい。 忘れてたわ・・・。
私は電話で、15分前に産まれて今はカンガルーケアをしているんだ~と伝えた。
「えっもう産まれちゃったの? そ、そうか。 それはおめでとう! お疲れさん!」
と動揺気味だった父。
10分も経たずして、たまたま仕事で近くに来ていた母が分娩室にやってきた。
そのときは初乳をあげているときで、
母は微笑ましく眺めて、赤ちゃんの手を握ったりと嬉しそうだった。
父はドイツにいる静岡君にも、(ドイツは朝4時過ぎだったけど)電話で伝えて強烈な目覚ましになってくれたらしい!
母乳はマッサージが十分できてなかったけど、
産院の豪勢な食事と丁寧な母乳指導ほか様々なケアが充実(マッサージ&エステも♪)
だったので出は良かったみたい。
何より、次男くんが健康で産まれて来てくれて嬉しい!
きめ細かくアドバイスしてくれる沢山の助産師、そしてママさん達とあれこれ話まくって仲良くなって、
入院生活の1日1日のママの仕事(沐浴指導とかいろいろ)をこなして行ってることに
感激して、
夜はいつも嬉しさを噛みしめていた。
・・・という長い長い長~い妊婦生活を送り、
経産婦といっても一人目とはいろいろと思いも経過も異なった妊娠・出産になりました。
これからも一緒に成長していこう! 以下、出産入院中の写真。

「ふにゃー、ふにゃー」と真っ赤になって一生懸命に泣く生まれてすぐの次男くん。
目もまだちゃんと開いてない。
真っ白のお洋服が新生児にピッタリ♪
冬だからか?帽子もかぶらせてくれてた。
「静太が生まれたときの顔にそっくりだ・・・」としみじみ見つめてた寝顔。
たまたま前日にベビーラッシュだったらしく、
ズラリと並ぶ新生児。
私と同日に出産したのは3人で、合宿のような日々ですっかり仲良くなった。
「裸の付き合い」ならぬ「ノーメイクの付き合い」だしね!
皆まだずんぐりしてて、顔は笑顔ながら疲れ気味。
⇒後日談1つだけつづきます
2012/02/02(Thu)
_ 振り返りつづき㉔・・・出産1
36週に抜糸をした直後は
「お腹、下がってきてるのかなあ。 毎日見てるとわからないな」
と思っていたけど、正産期の37週に入って数日後、ハッキリと実感した。
鏡で見ても分かるし、座ったときも体の重心が違う。
静太まで
「ここ、(今まで一番出っ張ってたとこ) 小さくなった」
と! その代わり、ちょっと下の腹が出ていた。
お腹の赤ちゃんがいよいよ下がってきているのだった。
※下がらないうちに陣痛が始まる場合もあって、
そうなると長い戦いになったり、破水まであると促進剤などを使うことになる。
それまで、11月23日(祝)に静太の幼稚園で作品展(親子登園)が控えていたので、
一緒に行ってあげたくて
「それが終わったらいつ産まれてもいい」と思ってた。
でも、お腹の重みと夜中の突っ張るような痛みにしんどくなっていたし
出産準備も整ってきたことで、
(あと急に膀胱をキック!の胎動も外でやられると辛いものがあった!)
38週の11月17日になって初めて
「もう、産まれてきてもいいよ~。
次男くんの好きな時に来ていいからね・・・」
とお腹をなでなでして、穏やかに呼びかけていた。
こういう気の緩みみたいなものも関係するという考えもあるらしい。
17日夜はいつも通り就寝…
夜中に軽い腹痛と尿意で目が覚めたのでトイレにいくと・・・
少しだけ出血していた!
静太のときと全く(時間帯まで)同じ。
「おしるしだ・・・」 とピンと来た。
腹痛は、この頃ではいつも夜に感じてたくらい慣れた軽さだったけど
一応、間隔を計り始めることにした。
最初は 11月18日、まだ外は暗い4時40分。
その間に、「おしるしがあると、出産はすぐなんだっけ?」
と、まだ静太が横で寝る暗い部屋でネットで調べ、
「人によって差があり、数日後になる場合もよくある。」
と分かった。 まだ腹痛は軽いしな~・・・と思っていたけど、
間隔はまさかの7分おき。※5分おき=激痛…のはず。
「陣痛が来たのかな? 次男くん、もう産まれたいのね?」
とお腹に話しかけた。
でもまだまだ痛みは軽かったのでとりあえず入院バッグの中身をチェックしたり
部屋の片づけ、その日の静太の幼稚園の用意を淡々とした。
半信半疑ではあったけど
腹ごしらえもしといた方がいいかも…と
お茶を入れて、(←このとき朝5時半くらい)母が便秘改善に作ってくれていた焼き芋(無水鍋で出来る)
を一人で黙々と食べていた・・・。
※妊婦は便秘がちになる!
頭の中で何か考えることもなく静かに過ごしている間も7分間隔は続いていて、
朝6時半くらいにはようやく外が白々してきたので病院に電話。
7分間隔のほか、
・経産婦であること
・一人目のときも5時間で出産と早かったこと
・まだ今なら道路が空いてる時間であること
…を、何も慌てることはなく助産師と相談し、
すぐ産院に向かう話となったので両親を起こした。
両親も私も、まだ薄暗い明け方らしくローテンションで極めて落ち着いていた・・・。
静太は「もうすぐママが入院する」と分かっていて
輪をかけて寂しがり屋というか、
私が自分から離れないよう我儘に主張するようになっていたから
起こして声をかけてから行こうか迷ったけど、
まだいつもより早かったので寝かせたままにして、おでこを撫でて
「ママ、行ってくるね。 頑張ってくるね。」
と小声で伝え、後は母に任せて父に産院まで車で送ってもらった。
起きたときにママがいない…という状況になるのが、とても心苦しかった。
道中でも腹痛はとても軽かったので
「陣痛が遠のいたかな。 帰されるかも」と、車で送ってくれてる父に
言ってたけど、
産院の診察室でお腹にモニターを付けるとやっぱり続いているのが分かった。
助産師さんに
「5、6cm開いてますね。 入院ね。」
とサラリと言われ覚悟していたものの身が引き締まる!
この時点で、
父には一旦、
「今日はとりあえず入院して様子みるから、帰ってていいよ」
と診察台から産院の電話で伝えた。
このとき、朝7時半くらいで、その後はしばらく放っておかれた。
私は
「焼き芋だけじゃ、この後の陣痛・出産を乗り切るには空腹で辛いかも!!」
と、自分が空腹になってしまうことに頭がいっぱいで、
寝転がりながら助産師さんに
「何か食べる物ないですか?」 「朝食のパンとか余ってないんですか?」
と、なんだかただの怠け者の大飯食らいみたいに図々しく聞いていた。
…何もなかったらしく、助産師さんは
「これくらいしか無くてごめんね」
と自分のバッグにあったという飴玉を5つ、くれたのだった。
私は入院する個室に案内されるかと思いきや、
助産師さん
「いいえ、陣痛室に移ってもらいます」 と言う!
もう陣痛室??と内心驚き・・・。
陣痛室に移ってモニターをお腹につけた。
そしてしばし放置されていた。
ふと、癒し系の音楽が耳に入って、マクドナルド手術や抜糸のときもかかっていた類の
音楽だと気づいた。
きっと、陣痛室・分娩室もそうなんだ。
「陣痛室まで来れたんだ!!」
とハッキリ実感して、急に感動の涙が出て来て、
飴を舐めながらグズグズと泣いていた。
そのまま、ときどきお腹の張りと痛みで目覚めながらも、いつの間にか寝てた。
♪ ♪
ちなみに・・・
4年前の静太のとき、やはり明け方におしるしがあり腹痛の間隔を計っているとき、
静岡君の方が慌てて
「まだ病院に電話しないの? もうした方がいいよ」
とソワソワ!
病院についてすぐは、陣痛室でモニターの山(頂上がお腹の張りを示す)の説明をしたり余裕だったけど
痛みで話はおろか呼吸もおかしくなるときは針が振れて山のてっぺんが無くなっていた。
「今のは大きかったね、痛かったねー」
「もうてっぺんは過ぎたよ、もう治まるからね・・・」
と陣痛室ではずっと励ましてくれていた。
静岡君は血が怖いのと、
「廊下でハラハラしながら待って、ドアの外でオギャーという産声を聞き感動する」
という何かのドラマのようなシーンに憧れていたらしく立ち会い予定は無し。
ギリギリで分娩室に移動する際に静岡君は追い出され、
静太のときはこの夢が無事に叶ったのだった。
今回も同じく、立ち会いはもともとしない予定だった。
私は別にどちらでも好きにして、という感じ。
予定日一週間前に静岡君帰国予定のところ、2週間前の出産になったから
間に合わなかったし、
あと
面会に厳しく子供である静太は入れない分娩室だったので
私は当たり前のように1人で陣痛~出産に挑んだのだった。
1人目出産だったらちょっと心細かったかも?
♪ ♪